とくし丸
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とくし丸創業日記とくし丸創業日記

No.2012-5-31

久しぶりの、徳島市内歩き。

田宮、矢三、春日、助任のコース再編に伴い、訪問先を増​やすため、久しぶりに徳島市内を歩いた。場所は、中吉野​町、出来島界隈である。
 居ました。たくさんいらっしゃいました。「いつもタクシ​ーでスーパーに買物行ってるので、助かるわ」「この前、​移動スーパー来てくれんかなぁって、話してたところです​」なんてお言葉をいただき、気分良く歩けた。
 しかも、確実に「移動スーパー」の認知が高まってきてい​るのを実感する。「とくし丸」という名前すら、知ってく​れてる人達がけっこういたのだ。ウレシイ限りである。
 「移動スーパーで買物をする」という消費行動が、一般化​する日も、そー遠くはないのではないだろうか、と思った​りもするのだが。

 

住友達也

No.2012-5-30

施設巡り。

羽ノ浦町・那賀川町にある、ディケア、グループホーム等の施設を、ありったけ回る。どこも、好反応。やはり「買物」は、暮らしの中の「お楽しみ」なのである。
 「皆さん、喜ぶと思いますよ」という言葉をいただき、来月11日から始める試験販売で、さっそくお伺いすることに。
 で、とある施設で偶然「ニコー」の平社長に遭遇。聞けば、施設に入居されている方から配達の依頼があったとかで、注文品をお届けに来ていたという。やっぱり「とくし丸」を必要とされている人達?がたくさんいるのだ。
 来月からの、羽ノ浦・那賀川コースは「期待・大」である。今から、楽しみだ。

 

住友達也

No.2012-5-29

北矢三コース、63,000円。

久しぶりに行った北矢三コースであったが、目標を軽くクリアし、​6万円オーバー。来月から、さらにコース再編を行うため、常時6​~7万コースになるはずである。となれば、8万円台もいよいよ視​野に入ってくる。とゆーことは、僕たちの考えていたビジネスが、​一気に軌道に乗る可能性が高まるとゆーことだ。
 
一喜一憂。
 
日々、目の前の「数字」に振り回されてしまう。そんなことではイ​ケナイと思いつつ、人間とは本当に単純なものである。
 
杉田聡さんの書いた「買物難民」という本が、とても面白い。そも​そも「買物難民」という言葉を生み出したのが、杉田さんであるら​しい。その杉田さんが、来月「とくし丸」の視察に、わざわざ北海​道からやって来る。このビジネスを、何としても成立させたい。そ​のためにも、ぜひいろんな知恵とノウハウと考え方を伝授いただき​たい。
 やるべきことは、「山積み」である。

 

住友達也

No.2012-5-28

師匠に、電話。

来月からスタートする、羽ノ浦・那賀川で提携するスーパー「ニコー」の平社長に面会。「とくし丸」を走らせるための具体的な進め方、スケジュールを確認。6月11日から、「試験販売」を行うことに。本格的スタートは、翌週の18日あたりになりそう。いよいよ「とくし丸」の真価が問われる時が来た。

で、鳥取県で18年前から移動スーパーをやっている先駆者、「あいきょう」の安達社長に電話。安達さんは、僕たちの、いわば「師匠」なのである。
この3ヶ月で分かったこと、感じたこと、課題、問題、疑問、それらを師匠に聞いていただき、更なるお「教え」を乞うため、来月早々、鳥取に伺うことに。
昨年の夏に初めて鳥取の現場に伺い、それから数度、勉強させていただくために出向いて行った。今度こそは、手土産に「すだち」と「フィッシュカツ」を持って行くことにしよう。そして何より、この3ヶ月で得られた「とくし丸」のデータをすべて持って行き、何かの役に立てていただこう。

No.2012-5-27

ギャラリーbeの、ネーミング。

徳島大学病院・西病棟1階にある「ギャラリーbe(ビイ)」。そのネーミングは、僕である。武蔵野美術大学の深澤直人さん、板東孝明さんにお願いして、徳大との学学連携で実現したギャラリーである。

ネーミングの由来は、美術の「美」=「b」と、医術の「医」=「e」。「美」と「医」のコラボレーションで生まれたギャラリーであるから、「ギャラリーbe」なのである。

で、そのギャラリーbeの作品入れ替えが今日あって、そのお手伝いをしてきた。6月から始まるのは、ムサビの学生たちがつくった、「鳥」をテーマにした作品展。学生の作品とはいえ、深澤直人さんの授業で作ったものだけあって、どれもとても面白い。

夕方から、しらさぎ台にある矢野さんの工房で、ロクロを回す。約2ヶ月ぶりの陶芸である。久しぶりだったけど、なかなかうまく回せた。今日は茶碗を5個。次回に削って、その次に釉薬かけ。で、その次に焼きあがって仕上がり。
今日の作品が仕上がってくる頃に、「とくし丸」はどこまで行っているだろう。

今日は、仕事から離れ、ゆっくり、休日。

写真

No.2012-5-26

合計461件。

6月中旬からスタートする、羽ノ浦町・那賀川町の訪問先リストを​整理した数字である。延べ日数10日間。実質8日間くらい、とに​かくこの地域をひたすら、歩いた。その結果としての数字である。
 僕も頑張ったけど、みんなよく頑張ってくれた。まだ数日歩かない​といけないのでは、と思っていたが、これだけの訪問先があれば、​織原号は間違いなく船出できるはずだ。
 
昨日の深夜、ちょいと「弱音」らしきことを書き込んだとたん、い​ろいろ励ましのメッセージをいただき、本当にありがたいことであ​る。
 気持ちには、常に「ヤマ、タニ」があるのだ。ご心配には及ばない​。ただ、その時の「気持ち」を、正直に記録に残したいと思ってい​る。まだまだこの先、「大ヤマ、大タニ」が待ち受けているはずだ​。「ハラ」は、しっかり「ククって」いる。

 

住友達也

No.2012-5-25

苦しかったことは、忘却の彼方へ。

そういえば「あわわ」創刊当初、毎夜のごとく「今日で止めよう」​と思いながら湿った万年床に潜り込んでいた。いくらやっても雑誌​は売れず、広告も少なく、もちろん給料なんてもらえるはずもなく​。仕方なく飲み屋で弾き語りのバイトをやって、30分1ステージ​1,000円のギャラをいただき、何とか飯代を稼いで凌いでいた​。
タウン誌で飯が食えるなんて思ってもなかったし、まして会社にす​るなんて、「夢のまた夢」であったのだ。
 
「とくし丸」創業3ヶ月を迎え、そんなことを久しぶりに思い出し​たのである。「成功の確証」なんて「あるはずがない」。今自分が​やってることは、果たして正解なのかどーか、常に不安が付きまと​う。
そーだ。これこそが「ソーギョー」の苦しみなのだ。正直言って、​「吐きそうになる」こともシバシバである。
が、間違いなく「需要は、ある」のだ。需要がある限り、そこには​必ず「可能性」があるのだ。その可能性にかけてみるしかないのだ​。

 

住友達也

No.2012-5-24

歩き疲れ、飲み疲れ。

羽ノ浦町を、今日も、ひたすら歩く。さすがに「堪えて」る。夜、​久しぶりにニューヨークから里帰りしてきた、綾乃ちゃん夫婦と、​宮崎和尚、そして何故か「あわわ」の坂田会長と、「に志もと」で​、美味しいお酒と食事をいただく。
 さすがに、疲れた。もう、寝る。

 

住友達也

No.2012-5-23

歩き疲れて、焼肉。

羽ノ浦町で、犬に追いかけられたり、トイレに困ったりしながらも​、たまに「移動スーパーが来てくれたら助かるわぁ」という言葉に​出会い、そして励まされ、とにかく、歩いた。
 ヘロへロになった後、事務所でレギュラースタッフと、コース再編​についての打ち合わせ。「早めに終わって、飲みに行くか」とも思​っていたが、時間が押して、気が付いたら夜の8時過ぎ。みんなも​お疲れ気味だったので、食事だけで済ませることに。
 で、焼肉。
 明日も、朝から羽ノ浦町を、歩く。

 

住友達也

No.2012-5-22

佐古で、最高新記録。

なかなか売上の上がらなかった佐古地区で、最高記録をタッセー。​ジミチに開拓をした結果なのだろう。動けば、何とか数字に表れる​ものである。
 とはいっても、5万5,000円。まだまだ伸ばさなければ。更な​る開拓のため、また周辺を歩かなければ。
 で、明日は、羽ノ浦町の開拓。こちらも引き続き、歩け、歩け、な​のである。

 

住友達也

No.2012-5-21

今日も、14,000歩。

羽ノ浦町を、ヒタスラ歩く。徳島市内に比べて1軒1軒の間隔が長​いため、回った軒数が少ない割りに、とにかく距離を歩くことにな​る。それでも、「車に乗れんので、タクシーで買物に行くんよ。来​てくれたら助かるわ~」なんて言うおばあちゃんに出くわすと、疲​れが吹っ飛ぶ。
 本当に、1~2週間に1度、タクシーでスーパーに買物に行くとい​う人が、現実、いるのだ。そしてドカ買いして、冷凍庫に放り込ん​で、何割かは賞味期限が過ぎて捨てるハメになる。何とも「もった​いない」事態が起こっているのである。
 まだ数回、羽ノ浦町を歩くことになる。が、クジケズ、歩く。

 

住友達也

No.2012-5-20

3号車の製作。

休みにも関わらず、デザイナーの藤本さんちに押しかけて、「とく​し丸」3号車となる、織原号のデザインをお願いする。第1号とな​る「個人事業主」の電話番号を、バッチシ目立つように入れてもら​うため。
 何としても「成功」させなければいけない。そのために出来ること​は、すべて、やる。明日もまた、羽ノ浦を歩く。
 
今日は、久しぶりに「寅家」で、友部正人さんのライブ。酔っ払っ​た~。

 

住友達也

No.2012-5-19

とにかく、歩いた。

ポケットの中の万歩計を見たら、12,900歩。まるまる羽ノ浦町の需要調査で歩いた歩数だ。今日は4人でやったから、合計すると51,600歩、歩いた計算になる(何の意味もない計算ではあるが)。
ま、とにかく、歩いたのだ。天気も良くて、訪問先の方々の対応も優しくて、とてもカイテキな歩きであった。が、さすがに、疲れた。ちょっとヘロヘロ気味である。

で、帰りに赤石トンネル近くにある「あいさい広場」に寄って、入口でやってる「たこ焼き」を注文したら、次々にサービスしてくれた。最後には、お茶とティッシュまで出してくれて、一気に疲れを癒してくれた。もちろんメインの「たこ焼き」も、とてもBigで美味しかった。なんか、とても得した気分。今日は、ぐっすり眠れソーダ。

No.2012-5-18

ヘンピンとウリアゲの関係性。

ここのところ売上が停滞している。その一つの原因は、実はわかっている。
… 「とくし丸」の「売り」は、生鮮食品である。刺身、お寿司、惣菜、弁当、牛乳、卵、生菓子、野菜に果物。いろんな、新鮮な、旬の生鮮食品がいっぱい詰まっているのだ。
だからこそ、売れ残ると「とっても困ってしまう」商品も多い。スタート時は、売れ残りを恐れず、とにかく売上アップを目指そうと思っていた。が、実際のところ、持って帰った売れ残りを「ヘンピン」にすると、精神的ダメージが大きい。
お店の方々に「申し訳ない」と、心から思うのだ。

「いかにヘンピンを減らすか」が、最近のテーマであった。そのためには、ギリギリの補給で我慢する、ということになる。おのずと「販売機会損出」が大きくなってしまうのである。乗せてたら売れてたのに、乗せてなかったばっかりに買ってもらえなかった。という、とてもツライ状況に度々遭遇することになってしまう。

商売は、ムズカシイ。

次なる課題は、「ヘンピンを最小限に抑え」、なおかつ、「販売機会損出」を最小にする、ということである。とても難易度の高いテーマではあるが、しばらくこれに挑戦しなければいけない。

 

住友達也

No.2012-5-15~17

どーも日付が、合わない。

昨日、今日と、トーキョー。昨日の昼間は、「原発国民投票」の暫定代表の1人、中村映子さんと、来月の総会について打ち合わせ。中村さんと僕の2名が、今のところ暫定代表を任されているのだが、そろそろ「暫定」も「代表」も外していただかねば、という話をしてきた。

夕方からは、「日本ペンクラブ」の環境委員会に出席。チェルノブイリに行ったメンバーの1人として出席。主に、中村敦夫さんに報告していただいたが、補足的に発言。その後の懇親会で数件回り、ホテルに辿り着いた記憶が、ナサケナイくらい「アイマイ」なのである。最近、本当に飲みすぎると、ヤバイ、のだ。
おかげで、すっかりFBの書き込みを忘れていた。

No.2012-5-14

雨の中、佐古を走る。

今日は、佐古地区に「とくし丸」を走らせる日。毎週、火曜・金曜が佐古地区コースだ。いつも通る裏道を走っていたら、1軒の住宅の前で見覚えのある顔を発見。久しぶりに会ったのは、元四国放送アナウンサーだったバゴリン。いや~、お互いすっかり歳をとっちゃいましたなぁ、とシミジミ。まさかこんな形で再会するとは、本当に人生は面白い。
… ほとんど「キョーセイテキ」に買物をしてもらって、本日の目標金額5万円をタッセイ。感謝、カンシャ、である。

 

 住友達也

No.2012-5-13

今日もまた、羽ノ浦町歩き。

今日で、ほぼ、春日野団地は全スキャンした。今日は「戸建」ではなく、ビルディング・タイプの住宅だったから、下から上へ、上から下へ、階段を延々踏みしめていた。けっこうな運動量である。ウエストがどんどん締まって、ベルトの穴が2つくらい違ってきたほどだ。
その間、他のスタッフが、ちゃんと「とくし丸」を運行してくれている。何とも頼もしい限りである。
まだ3ヶ月弱にしかならないけれど、大ブレイクを迎えるのはいつになるのだろう。何か手を打たねば。


ということで、村上くんと作戦会議。が、決定打は出なかった。で、スタッフ会議を開こうと思う。今、考え付いた。みんなで話せば、いい答えが出てくるものだ。よし、やろう。

No.2012-5-12

まだまだ認知度不足。

夜、某町内会の役員さんたちが集まる会があるというので、「とくし丸」のご案内をと思い、出向いていった。
が、「民間業者の利益のために、こういった場所で説明をさせるわけにはいかない」という意見があったようで、何も喋らず、何も伝えず、撤退を余儀なくされる。

ザンネン、である。

確かに、ソレは「セイロン」かも知れない。「とくし丸」のプレゼンを許してしまったら、他の業者さんたちも、「ワレもワレも」ということになったら困る、のだろう。たぶん。おそらく。
社会的に認められる存在に、なろう。「ぜひとも話をしてくれ」と言われる立場に、なろう。「とくし丸が必要だ」と思われる「とくし丸」に、なろう。
まだまだ、これから。

No.2012-5-11

3歩進んで、2歩下がる♪

水前寺清子のユーメーな曲の一節である。今の「とくし丸」の売上、まさにそんな感じなのである。いや、厳密に言うと2歩も下がってはいないのだけれど、少なくとも今までみたいに「ズンズン」と前進あるのみってわけではなくなっている。いわゆる「オドリバ」ってやつなのだろう。


さて、この状況を打破するために、どんな手を打てばよいのか。あるいは、時が自然に解決してくれることになるのか。まだ3ヶ月弱ではあるけれど、ま、いろいろ考えることばかりだ。
一方、販売パートナーの方は、順調にスケジュールをこなしている。明日も数人で羽ノ浦町の需要調査に入る。ここで一気に最高売上を記録するため、周到なコース作りをしておかねば。

No.2012-5-10

金沢から、澁谷さん再度来県。

販売パートナー第1号の織原さんと契約するため、金沢から、また​も澁谷さんが徳島入り。ほんの1時間ほどの打ち合わせのため、わ​ざわざ来てくれた。どれだけフットワークが軽いのか、驚異の行動​力である。
 無事、「とくし丸」号となる軽トラックの契約を済ませ、食事をす​ることなく、そのままとんぼ返り。
 事業は、プランもさることながら、そこに関わる「人」で決まる。​「とくし丸」には、明らかに「人」が集まってきている。ありがた​いことである。

No.2012-5-9

感触、良好。

昨日の午後、羽ノ浦町の住宅街を、販売パートナー1号になる折原​さんと、村上くん、そして僕の3人で歩く。初の、徳島市以外のエ​リアだったので、その反応がどーなのか少々心配もしていたのだけ​れど。
 これが、とても良かったのである。皆さん、僕たちの話をちゃんと​聞いていただいて、「ほな、家にも寄って」というお宅がたくさん​あった。
 3人で50数件のお客さんを獲得。このペースであれば、1週間~​10日間もあれば、織原さんのコースは完成するだろう。時間の許​す限り、歩こう。

No.2012-5-8

朝、5時起き。

暗いうちに起きたのは、本当に久しぶりかも知れない。倫理法人会​に招かれて、朝6時からの講話をするために、ホテル・サンシャイ​ンに向かう。
 20人ほどのメンバーの方々に、「とくし丸」についての話をさせ​ていただく。その後、一緒に朝食をいただきながら、持参したPC​画面に写真を映し出しながら、チェルノブイリの報告。
 
その足でファミリー両国・田宮店へ。少し時間があったので、車の​中でシバシ朝寝した後、積込→販売へ。
 明日は、いよいよ那賀川町、羽ノ浦町の需要調査に入ることになっ​ている。歩くぞ。

No.2012-5-7

積込と、病院と。

朝、ファミリー両国の積込に出向き、その後、実家の土成町へ。父親に定期健診を受けさせるため病院へ。
買物に困っているオバアチャンも大切だけど、やっぱり自分の親はより大切なのだ。もちろん、「とくし丸」は他のスタッフにお願いして運行してもらった。


その後、事務所でデスクワークをこなし、夕方からファミリー両国の店長、各部門担当者の方々と定例の情報交換会。
気温がどんどん高くなってくるこれからの季節、商品管理にどう対応するかを検討。やはり補給回数を増やし、可能な限り新鮮な状態でお客さんのところまでお届けするのがイチバン。現状、1回の補給を、2回、3回と増やしていかなければならないかも。手間はかかるが、大切な課題である。

No.2012-5-5

記念すべき日。

今日の午後、初めて県南にあるスーパーと、販売パートナーと、「とくし丸」の三者が正式な契約を交わした。僕たちが考えていたビジネスモデルが、いよいよ本格的にスタートすることになったのだ。
 エリアは、那賀川町、羽ノ浦町。来週から、需要調査に入る。5月中に顧客リストを完成し、トラックが仕上がってくるであろう6月上旬から、販売開始である。
 
全力で、取り組む。
 
手を上げていただいた販売パートナー第1号の織原さん、そして商品供給してくれる「フードセンター・ニコー」さんに報いるためにも、ぜーーーったいに、軌道に乗せてみせる。この第1号を成功させずして、「とくし丸」の存続はありえないのだから。

 

住友達也

No.2012-5-4

オバアチャンたちは、GWも家にいる。

GWだから、きっと皆さんお出かけだろう、と思いつつ、それでも「とくし丸」を走らせた。と、けっこう在宅率が高いのである。ほとんど普段と変わらないくらいだった。そして、「レンキュウやのになぁ。頑張っとんなぁ」という「ネギライ」のお言葉がたくさん。
いや、ホント、走って良かった。
しかも今日は、大分からわざわざ視察に来てくれた山地さんも体験販売するために、村上号に同乗。普段の状況を見ていただけたので、ホットひと安心。

明日、明後日は土日だから、平常どおりお休みさせていただくけど、明日は午前中から「チェルノブイリ報告会・その1」である。

No.2012-5-3

今日、と言っても、昨日だけど。

徳島新聞朝刊に、「とくし丸」の記事が大きく掲載された。田宮・​助任コースを回ったら、行く先々で「新聞見たよ」という声をかけ​ていただいた。
 その声をかけてくれたオバアチャンたちが、まるで自分のことのよ​うに喜んでくれてるのが、本当に嬉しく思うし、ありがたく思う。
 
数日前から「開業2ヶ月記念」ということで、飴玉一つずつだけど​、オバアチャンたちに配って歩いている。ほんの小さな「感謝の気​持ち」ではあるが、それでもオバアチャンたちは喜んでくれている​。
 なんか、ホント、「いい関係」が、少しずつ、ちょっとずつ、積み​重なってきているのだ。

No.2012-5-2

お腹が少し、へッこんだ。

もちろん「とくし丸」効果である。3月はほぼ6日間フルだったし​、4月も週2~4回はトラックに乗っているから、本当に「ほど良​い」運動になっているのだ。思わぬ「ご褒美」である。
 さらに。
 ストレスが、ない。そりゃ、ゼロとは言わないが、ほとんどゼロに​近いと言ってもいい。組織の中で人間関係に四苦八苦し、誰かに腹​を立て、誰かにいやな思いをさせられ、誰かに我慢を強いられる。​そんなことが一切ないのだ。
 何とも「カイテキ」なお仕事である。ストレスの多い現代社会で、​なかなかこんなにいい仕事はないのではないか、とさえ思う。
 後は、もう少しだけ、正当な利益を上げられる「仕組みづくり」に​仕上げるのみだ。

No.2012-5-1

金沢から、澁谷さん来る。

「とくし丸」の強力な協力者の1人、金沢の澁谷さんがわざわざ徳島まで来てくれた。「とくし丸」1号・2号を製作してくれた、シブヤ・コーポレーションの社長である。
… 販売パートナー第1号となる、織原さんのトラックを契約するためだ。僕たちが考えていたビジネスが、いよいよ形になろうとしている。何としても「織原号」を成功させなければならない。そのためにも、よりバージョンアップしたトラックに仕上げてもらわねば。

澁谷さんは、相変わらずのフットワークの軽さで、今から金沢に帰ると言う。何ともタフで、そして信頼できる「オトコ」だ。本当にいい人に巡りあえたと、つくづく思う。
とにかく、販売パートナー1号を軌道に乗せ、早い段階で2号、3号と繋げていかねば。

 

住友達也

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