とくし丸
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とくし丸創業日記とくし丸創業日記

No.2012-7-30/31

酔っ払った、翌日の、新記録。

昨日、東京から里帰りしてたカメラマンの吉川クンと、その城南高校ドーソーセーの皆さんと、飲む。次の日「とくし丸」に乗るのわかってるんだから、ホドホドにしておけばいいものを、またも日本酒を飲みすぎる。

で、今日は、午前中ほとんど倒れるのではないかと思うほどのジョータイであった。が、今日の織原3号車のコースに、実は吉川クンの実家が入っていたのである。そこで梨と桃を大人買いしてもらったもんだから、羽ノ浦・那賀川コースの今日の売上、初の6万円台タッセイなのであった。
ほんと~に疲れたけど、ま、いっか。

乗車後、某スーパーの社長に面会。「とくし丸」の社会的役割と、そのビジネスモデルをプレゼン。

明日は、鴨島で開催される「倫理法人会」で「チェルノブイリ報告会」。朝6時スタートなもんだから、「4時起き」、である。
自分でゆーのもなんだけど、よく頑張ってるわ。

 

住友達也

No.2012-7-28/29

またも、7万円台。

28日、松原くんの助手席に乗って、矢三コースに出かける。炎天下でのお仕事であるが、たまに吹く風が気持ちいい。クーラーの効いた部屋でずっと過ごすことが、いかにカラダに良くないことか、ここのところ実感する。
…で、暑さのせいか、箱入りで持っていった「桃」を、ばら売りで2箱も完売。そして売上も、またまた7万円台をタッセイ。なかなかジュンチョーになってきた。よしよし。

 

住友達也

No.2012-7-27

ドリョクは、報われる、こともある。

一昨日、再々需要調査で歩いた佐古コースで、今日、最高新記録タッセイ。なんだよ、やればできるじゃないか。と、いう思いである。滴り落ちる汗を拭き続け、首に巻いたテヌグイを何度絞ったことか。ま、その成果が、少しだけ出たわけだ。
…これで徳島市内は、全コース6万円以上に手が届いたことになる。後は、このペースをどー維持し続け、さらに7万円、8万円を目指すかだ。

ここまで約5ヶ月。まーまーのペースである。

 

住友達也

No.2012-7-26

熱中症に、注意せよ。

本気で、自分自身に言い聞かせている。なんか、マジヤバクナイカ、と思うほど、「汗」が滴り落ちる。おかげでお腹はどんどん凹んでくるのだが。
今日は、織原3号車の助手席に乗って、羽ノ浦町古庄周辺を巡る。またも、最高新記録をたたき出した。が、気が付けば、ペットボトル5本以上を飲むほど、汗、そして、汗。
まだしばらく、この暑さに耐えつつ、「とくし丸」を走らせねばナルマイ。

No.2012-7-25

再々需要調査。

いったいどれくらいの「汗」をかいたのだろう? 500mlのペットボトルを、軽く5本くらい飲んだだろうか。首に巻いたテヌグイは、絞れるほどに汗をすいとって、常にびっしょり。
 今日も、佐古地区の再々需要調査で、歩く、歩く。近頃、1万歩オーバーなんて、フツーになってしまった。去年の今頃は、医者から「健康のために6000歩以上は歩くよーに」と注意を受けていたのがウソのようだ。
 
昨日歩いた実績が、明日の販売に反映される。そして、今日歩いた結果が明後日の売上に影響を与える、はずだ。この「シンドイ」行為も、決して無駄にはならないと思う。いや、この方法しか、今のところ見当たらないのだから、やるしかない。
 
数字は、確実に伸びてきている。待ってくれているお客さんは、歩くだけ見つかる。「移動販売」という業態が、世の中に定着するまで、「とくし丸」というブランドが、世間に認知されるまで、今はただ、ひたすら「歩く」しかないのである。

 
住友達也

No.2012-7-24

四国放送と、同行二人。

朝から、田宮・助任コースの再需要調査。前回「留守」だったお宅に、再度訪問し、「とくし丸」の需要を聞いて回る。で、それにずっと四国放送の柴田さんが、カメラを携えて同行取材。にもかかわらず、40~50件訪問し、貴重な情報を得るのは1~2件。ほんと~に「ジミチ」な作業である。こんなので果たして「画」になるのだろうか。しかもこの炎天下。柴田さんも、たいしたコンジョーである。

そして、夕方から阿南市の「ホテル石松」に移動し、「チェルノブイリ」と「とくし丸」についての講演→懇親会。その間も、ずっと柴田さんの取材が続く。
集まっていただいた経営者の方々から、いろんな意見をいただき、とても参考になった。たまには、こういう時間を持たねば、ね。

No.2012-7-23

「ゴジカル」と「講演準備」。

「とくし丸」の実車が、四国放送「ゴジカル」のスタジオに生出演。10分近くも放送していただいた。夕方のこの時間、おばあちゃんたちは、きっと見てくれてる人が多いんだろうなぁと、カメラの向こうに「伝われ」と、念を送っておく。
明日からの販売に、そーとープラスになるのではないかと、期待が膨らむ。

で、明日は、阿南市で講演。「とくし丸」60分、「チェルノブイリ報告」30分、という組み立て。対象者は、阿南市近郊の経営者の皆さんらしい。昼間は、約20名の資料作りに追われてしまう。
しかも、四国放送が「とくし丸のドキュメンタリーを作りたい」ということで、すでに7日間以上、張り付きで取材をしてくれている。もちろん、明日の講演会にも同行取材してくれるそーである。メディアの力も借りつつ、「とくし丸」を、確実に広めていかなければならない。やるべきことは、たくさんある。

No.2012-7-21/22

最高新記録・78,350円。

8万円の大台も夢ではなくなった。昨日、土曜日の、松原君の売上である。ま、いろんな「ラッキー」が積み重なっての結果であるから、安心できるわけではないのだけれど。少なくとも、「売れる実証」はできたのだ。後は、この数字が「フツー」に維持できるかどーか、だ。

で、今日は、久しぶりに「ぼんやり」してた。気になっていた洋服を「お直し」に持って行ったり、「とくし丸」号に使えそうな備品を買いに行ったり。「1億当たれ」と念じながら、ロト6を購入したり。「なんとな~く、ぼんやり」過ごした。

No.2012-7-20

久しぶりの、織原3号車。

朝イチで羽ノ浦のスーパー「ニコー」に向かい、織原さんの「とくし丸」助手席に乗車。スタートしてからちょうど1ヶ月になる。で、今日も売上5万円を突破。確実に定着してきているなぁ、と感じる。でも、まだまだ道半ば。これから考え得る工夫をすべて実行していかねば。
そして、今日の歩数も、約10,000歩。しっかり歩いた。が、筋肉痛はさほどなく、いたってゲンキ。もしかしたら、明日あたりに、来るのか?

No.2012-7-16~19

「富士登山」翌日

昨日、大阪で1泊し、今日の「とくし丸」の積み下ろしに向かう。心配していたほどのダメージもなく(さすがに、階段の昇り降りは、ちょっとキツイけど)、何とか明日からの業務もこなせそうである。

しかしそれにしても、ニンゲンの「意志」とは、たいしたものだ。たかだか数十センチの歩幅で、繰り返し繰り返し1歩ずつ前に進むことで、あの富士山の頂上までたどり着くことができるのだから。砂利道、急峻な坂、岩場、いろんな表情の登山道を、ただヒタスラ歩く。筋肉と関節の痛みに耐えながら、酸素の薄さと闘いながら、ただ「山頂を目指す」ということだけのために、前進し続ける。

今の「とくし丸」は、スタートしたばかりで、頂上は「遥か彼方」なのだから、「シンドイ」のは当たり前か、と思う。最近、ちょっとヘコミ気味であったけど、まだまだ「アマイ」。諦めず、落ち込まず、とにかく前に進むのみである。
ガイドさんも言っていた。「苦しい時は、うつむかないで前を向いて」。その方が呼吸しやすくなるそうである。なるほど。

忙しい中での「富士登山」。決して無駄ではなかったようだ。

 

住友達也

写真

No.2012-7-14/15

富士登山。

歩き疲れたカラダをゆっくり休め、明日からの「富士登山」に備えようと思っている。けど、今日の1時30分から、徳島県医師会館で、内部被曝についての講演会が行われるということで、出かけることに。

最近、お酒を飲んだ「次の日」は、キツイ。

No.2012-7-13

自分の担当するエリアを、 好きになりたいですからね。

「とくし丸」4号車となる、多田さんの言葉である。久々に、ちょ​っとカンゲキした。今日、2人っきりで需要調査に入った時の、多​田さんが、そー言った。こういう人こそ、「とくし丸」に相応しい​人なのだ。彼は、キツイ需要調査を嫌がることなく、いや、むしろ​楽しみながらこの1週間一緒に歩いてくれた。
 その通り、だ。自分が担当する地域に愛着を持って、「売る」こと​が目的でなく、「喜ばれる」ことをヨロコビと感じて「仕事」がで​きることが、結果として「売上」に繋がるのだ。
 
で、今日、5号車の候補が名乗りを上げてくれた。
 「とくし丸」は、間違いなく、人に恵まれている。次々と、人材が​登場してくれるのだ。
 
今日は、久々の「あわわオールドの会」。あわわ黎明期のオリジナ​ル・メンバーが、年に数回集まっての飲み会だった。それこそ、月​に4万だの5万だのの給料で、「あわわ」を支えてくてたスタッフ​だけの飲み会なのだ。
 「お金」じゃない、「ナニカ」を、みんなが手に入れようと、ガム​シャラにやってた時の戦友たちである。本当に「美味しい」お酒を​いただいた。みんなが共有した「時間」は、何者にも代えがたい、​貴重な体験なのだ。
 
「とくし丸」も、まさに「あわわ黎明期」と似たような「時間」を​共有している。人生で、2度もこんな体験ができるなんて、ありが​たいことである。

 

住友達也

No.2012-7-12

雨の後は、暑さ。

午前中、雨フル中を合羽を着ての需要調査。やっと雨があがったと​思ったら、今度は、暑さ。ペットボトルを何本飲んだことか。足腰​が、多少鍛えられてウレシイけれど、さすがに「疲れ」が溜まって​きている。
 ま、でも、来週明けから、人生初の「富士山登山」である。事前ク​ンレンとしては持って来いかも知れない。そう考えると、前向きに​「歩き」ができるのだ。
 
ふ~。

 

住友達也

No.2012-7-11

松原1号車、7万円台。

今日久々に、7万円台の売上を、松原くんがタッセイした。いや、​スバラシイ。でも、ニンゲンって、調子のいい情報だけ、嬉しそう​に人に伝えようとするものなのだ。マズイ情報、マイナスの話、ち​ょっとカッコ悪いネタなどは、ついつい隠してしまう。ま、当たり​前のことなのだろうけど。
 
営業5ヶ月目に突入しているが、思ったほどの数字に達してない。​もちろん瞬間的には7万円行ったりも、する。でも、これじゃダメ​なのだ。早く、7万円は当たり前、時たま8万円、9万円も出した​りする、とゆーふうにならなければいけないのだ。
まだ1ステージも2ステージも上がらなければいけない。そー思う​と、これから先、ホント大変だ。
 
今週、今日で4日目の需要調査で、歩いた、歩いた。明日も、明後​日も歩く予定。今日なんて、「もう止めようか」と思うほどの雨の​中、合羽を着ての「修行僧」のような「歩き」である。自分で言う​のもなんだけど、ほんと「良くやる」わ。
それもこれも、「とくし丸」を待っててくれるおばあちゃんたちに​「出会うため」。ま、しばらくはグチらすに、歩き続けるか。

 

住友達也

No.2012-7-10

何故、売れないのだ。

と、思ったのは、30数年前の創刊当初。3,000部刷った創刊​号は、たったの600部しか売れなかった。その後も1~2年は、​ずっと低空飛行が続いた。少しずつ、ほんの少しずつ増えてはいた​けど、目標までにははるかに及ばず。

この雑誌は、本当に徳島に必要とされているのか? ひょっとした​ら、ただの「独りよがり」なのではないか? 止めたって、誰も残​念がってくれないのではないか?
そんなことを夜な夜な考え、悶々とした毎日を送っていたのを思い​出す。
 
で、ずいぶん状況は違っているけど、今まさに、その当時とダブっ​てしまう。
 
事業が軌道に乗るかどーかは、サーフィンのようなものである(やっ​たことないけど)。波にいかに乗るか。早すぎても転倒するし、遅​すぎたら間に合わない。絶妙のタイミングで「波」に乗れるか、だ​。
 
今、「とくし丸」は、小波に乗っている。が、「小波」では成立し​ないのだ。「大波」にうまく「時」を合わせ、惑うことなくどー乗​っかるか。
そもそも、「大波は来るのか?」という問題も、ある。いや、絶対​に、ソレは来るだろう。「その時」がいつなのかは、誰にも分から​ないけど、必ず、来る。
 
「大波」よ、早く、来い。

 

住友達也

No.2012-7-9

織原3号車、5万5000円。

スタートして4週目に入ったばかりにもかかわらず、羽ノ浦・那賀​川で走り出した織原3号車が、早くも5万5,000円を超えた。​「7月中には5万円台」と思っていたが、このジュンチョウさは何​なのか。
 やはり「困り度」の差なのだろうか。明らかに客単価も高いし、本​当に「喜ばれてる」感も大きい。
 
スーパーからの距離。コンビニまでの距離。八百屋さんや魚屋さん​が近くにあるかないか。車に乗れるか。バイクに乗るか。自転車な​らOKか。足腰は強いか。健康状態はどーなのか。娘や息子が気安​く買物に連れて行ってくれるか。近所に支援者がいるか。
 
いろんな要素が複雑に絡み合って、「買物困り度」が決まってくる​のだ。それぞれの項目を数値化し、係数を設定すれば、数式が完成​するかもしれない。ま、とてもややこしい数式になりそうではある​が。
 「とくし丸」は、そのややこしい、掴み所のアイマイなお客さんを​探し出し、移動スーパーの仕組みを作ろうとしている。まだまだ工​夫が必要だ。独自のノウハウを獲得しなければならない。
 
とても「難易度」の高い事業にチャレンジしているなぁと、ここ最​近、つくづく、思う。

 

住友達也

No.2012-7-8

11.25 自決の日・三島由紀夫と若者たち

ぜひ観たいと思っていた映画、である。「徳島ホール」に朝10時に出かけ、最前列から2番目の席で、足を伸ばして観た。上映作品にもよるが、「満席」ということがほとんどないので、前から2番目の席に座ると、僕の前に座る人は、まずほとんど居ない。で、映画に集中して観られるのだ。

作品は、三島由紀夫を過剰に美化することなく、追い詰められていく人間・三島由紀夫をリアルに描いていた。
ニンゲンの行動には、その時代性や周辺環境が大いに影響するのだなぁ、とシミジミ思った。僕が今、「とくし丸」をやることになったのも、どこか似ている(次元はまったく違うけど)。

ま、とにかく、今はどんな情報も、「とくし丸」に繋げて捉えてしまう自分がいる。

http://www.wakamatsukoji.org/11.25/index.html

No.2012-7-7

人に話すことで、考えがまとまる。

いつも、そーなのだ。夜中に、1人で「閃く」こともあるけれど、誰かに話をすることで、自分が考えていた「モヤモヤ」が、整理整頓されることがある。
… ここ数日、四国放送のTVカメラがずっと取材をしてくれているので、いろんな事が自分の中でまとまって、考えがクリアになってきた。
今日も一日、TVカメラが、多田4号車のコース完成のための需要調査に同行取材をしてくれた。「歩き中」いろんな話ができて、疲れていることすら忘れてしまったほどだ。今日で3日目。疲れは間違いなく溜まっているはずなのに。
もちろん、「買物難民」に関する話が中心だが、「フクシマ」についての話ができたのも、収穫だった。「現場」を取材してきた記者ならではの話には、とても共感できるものがあった。はたして、これから僕たちに出来ることは何なのか? その答えが、欲しいのだ。

今の「セイフ」のやり方は、絶対に許せない。国民をなめきっている。

 

住友達也

No.2012-7-5/6

澁谷さん来県。そして需要調査。

昨日、5日に金沢から澁谷さんがスタッフと共に徳島入り。4号車となる多田さんの、車の仕様について打ち合わせ。その後、羽ノ浦町のスーパー「ニコー」に移動し、織原3号車の改良作業をしていただく。誠実な対応に、感謝。
… 澁谷さんが徳島に来るのは、もう5,6回目になると思うが、今回、宿泊するということで、初めてゆっくりと食事を共にさせていただいた。いつも「日帰り」というハード・スケジュールの中、たまには徳島を楽しんでいただかないと。「とくし丸」の重要な協力者、なのであるから。

本日、6日。4号車の多田さんと午前中、2人で需要調査で、歩く。村上くんが鳴門市役所で、「買物難民」の実情と「とくし丸」の活動を講演後、午後から合流。一昨日、今日の2日間で、1コース分を獲得。予定通り、である。
昨日、飲んだ割には、何とかカラダがもった。

 

住友達也

No.2012-7-4

本日、13,500歩。

とにかく、歩いた。僕の担当は、方上(かたのかみ)町辺り。町によって、風景が違う。同じ徳島市内なのに、田宮、助任、佐古、そして方上と、それぞれ町の表情に個性があって、その違いを感じるだけでも、「歩き」は楽しい。
… 「とくし丸」訪問先のおばあちゃん宅を発見するため、今日出動したのは4名。で、合計30件少々の「来てくれたら助かるわぁ」にアクセスできた。たぶん予定通り、1週間から10日くらいで、3コースが仕上がるだろう。来週一杯は、「歩き」が続く。ケンコーのためにも、とてもいい運動になるのである。

 

住友達也

No.2012-7-3

久々の、需要調査。

8月お盆明けにスタート予定の、多田4号車が回るコースを作るため、明日は久々のピンポン歩きである。ファミリー両国・大谷店を拠点とする販売エリア、半径5キロ圏内にある住宅を、1軒イッケン訪問するのだ。で、そのための作戦会議。やはり、たまには事務所にじっくり座って、いろんな作戦を考える時間も必要だ。

 

住友達也

No.2012-7-2

周回遅れの、トップランナー。

ITだ、デジタルだ、と言われ続け、技術革新がドンドン進んでいくけど、果たして「ニンゲン」の機能はどこまでついて行けるのか?
所詮、人のキャパなどしれている。何かを手に入れたら、その分、何かを手放しているものだ。便利さを獲得して幸せになれるかというと、決してそうではない。「ベンリサ」と引き換えに、必ず「ナニカ」を失っているものだ。そして、その「ナニカ」が、実はとっても大切なものだったりもする。でも、人はなかなかソレに気付かない。

1日は24時間しかないし、どんなに長く生きたとしても100年少々。限られた「時間」の中で、何を選択し、何を追い求めるのか。大した事はできそーにないけど、せめて、「ショージキ」にはやっていきたい。

超アナログで、超ジミで、超人間臭い仕事であるが、「とくし丸」は、時代に何周も遅れた事業であるがゆえに、トップランナーになれる可能性を秘めているのだ。

 

住友達也

No.2012-7-1

ヤリクリ、する。

10万円の収入しかなければ、8万円で暮らせる方法を考える。20万円なのであれば、16万円の生活を工夫する。もちろん、収入そのものを増やそうという努力はする。
現在、「株式会社とくし丸」は「赤字」であるが、同じような精神で節約に徹している。1年以内には赤字から抜け出し、少ないながらも利益を生み出す仕組みを作ろうと「ヤリクリ」している。

「電気が足りないから、大飯原発を再稼動する」という考えは、収入以上の支出があるので、「ヤミ金から、金を借りてどーにか乗り切ろう」というのと大差ない。
足りない分は、「ヤリクリ」し、この上なく危険なリスクには手を出さない。そう考えるのが、当たり前の感覚ではないだろうか?

せめて借金するなら、「ヤミ金」ではなく「銀行」くらいにしておいて欲しい。正当な、納得のいく範囲の「リスク」であれば、国民も受け入れられる。でも、「原発リスク」は決して受け入れられない。

日本の、すべての電球をLEDにするため、予算をかけろ。事業所の稼動シフトを工夫して、電力消費量のピーク時を下げよう。もちろん国民一人一人が、最大限の節電をしよう。原発のリスクを少しでも軽減できるなら、大勢の人たちが賛同してくれるはずだ。

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