とくし丸
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とくし丸創業日記とくし丸創業日記

No.2013-1-31

情報の、リューツーが、変わる。

今朝の「朝日新聞」徳島版に掲載された記事が、早くも「朝日新聞デジタル」で読むことができる。徳島版なのに、全国の誰もが「読める」のだ。
もちろんインターネットなのだから、当たり前のことだけど、やはり意味がちょっと違う。なぜなら、その記事は「朝日新聞」に掲載されているという「ゲンジツ」があるから。
もしコレが、単にネットだけの掲載なら、その記事の説得力に「差」が生じるのではないだろうか。
「アナログ」の「紙」のソンザイは、まだ「意味」を持っているのだと改めて感じさせられる。

が、全部読むためには「無料会員登録」が必要となる。アナログとデジタル。はたしてそのビジネスモデルは、どんなカタチで収まりをつけるのだろう。まだまだ、過渡期。

http://www.asahi.com/area/tokushima/articles/OSK201301300090.html

住友達也

No.2013-1-30

明日の、朝日新聞。

朝日新聞徳島版に「とくし丸」の記事が掲載される、かもしれない。けっこうシッカリ取材してもらったので、その内容が楽しみだ。
「とくし丸」の販売パートナー、一人ずつに個性があるように、新聞記者にももちろん個性がある。
販売方法もそれぞれならば、取材方法や記事内容もそれぞれなのだ。どの視点で、どこをどう記事にするのか。明日の朝日新聞、必ず買おう(購読しとけよ)。

で、話は変わるが。

今日は、初体験を、した。車のキーが開かないのだ。別にキーを閉じ込めたわけではない。キーは、手元にある。なのに、開かない。キーの電池が切れたのか? が、電池は運転中に充電される仕組みになっている。なのに、ナゼ? しかも、ドアにキーを差し込もうとしても、ちゃんとソーニューされない。
仕方ないのでJAFに電話し、ロックを解除してもらった。ミゴトなまでのJAFの対応。思わず、ハクシュ。

この体験で、ハイテクが故のフベンさを再確認する。やはり、「アナログ」は「アンシン」だ。「とくし丸」は、もちろん「チョーアナログ」である。

住友達也

No.2013-1-25

メール、30%。

どっかで読んだ本に書いてあった、情報の「伝達力」の話である。で、ココからは僕の、勝手な付け足し。

「メール」より、手書きの「手紙」。文字に表情が生まれるから。「手紙」より、「電話」。声の抑揚が加わるから。「電話」より、「対面」。顔の表情が読み取れるから。
でも、直接会って話をしても、それでも100%の情報は伝わらない、伝えきれないものである。それほど「情報」を伝えることは「ムズカシイ」ものなのだ。

週に2回、おばあちゃんたちに会い、話をし、商品を買ってもらう僕たちのシゴトは、積み重ねれば積み重ねるほど、お互いの情報が蓄積されていく。もしかすると、実の息子や娘より、僕たちの方が会う回数も、話する時間も多いかもしれない。
100%は、ドダイ無理だとしても、それでも「近づける」ソンザイになりたいと思うのだ。

「株式会社とくし丸」を設立して、はや1年。「とくし丸」が走り出して11ヶ月。課題山積みではあるけれど、2月から、また新たな道を進むことになる。

住友達也

No.2013-1-21

おばあちゃんたちのヨーボー、フクラム。

トイレットペーパーやテッシュはもちろん、今日は、歯磨きのチューブ、裁縫糸の黒、なんて注文まで飛び出してきた。「とくし丸」は食品だけでなく、生活雑貨も運んでいるのだ。
さすがに「レア」な商品については乗せていないので、3日後にお届けすることになるのだけれど、それでもおばあちゃんたちは喜んでくれる。

4号車の多田さんなんて、「郵便局の再配達伝票」の手続きをお手伝いしたらしい。アレって、電話の「自動音声案内」に従って、再配達の申請をすることになっているのだが、そのおばあちゃんは耳がそーとー遠くて、とても自分じゃ手続きすることができない。で、多田さんは彼女に頼まれて、部屋に上がり、電話で手続き代行したという。

他にも、お財布をそのまま渡されて精算を完全に任されたり、郵便ポストまで郵便物を頼まれたりと、いろんなヨーボーに応えている。何とも「ホホエマしい話」である。

このシゴトは、ほんとに、いい。

住友達也

No.2013-1-20

新しいカンキョウに、ジュンノウする。

新たな環境で、初めての人たちとシゴトを一緒に始める時、やはり少々キンチョウする。そこには「相性」というのものが、あるのかも知れない。もちろん「シゴト」である以上、スキキライでやるわけではないけれど、できることなら「相性のいい」人たちとご一緒するにこしたことはない。

今日は、たまの「お休み」を返上して、お初の人たちとシゴトの打ち合わせ。心配ない。この人たちとならうまくやっていけそーだ。
コマゴマした課題はたくさんあるけれど、ソレらは「走り出して」から考えて、修正していけばいいことだ。まずは「スタート」してみることだ。

「走りながら、考える」。

僕には、最も向いている方法だ。しばらくは、「歩き」ながら、そして「走り」ながら、「考える」ことになりそーだ。

住友達也

No.2013-1-19

またもシュギョーのような「歩き」に入る。

小松島、阿南をエリアとする、中道6号車の需要調査が、今日から始まった。まず手始めに、立江周辺から。
来週明けから、週に4日は「歩き」である。たぶん延べ日数で、10日はかかるだろうから、2月中旬まで続くことになるかも知れない。ま、ケンコウのためを考えたら、ソレもヨカロウ。

歩けば歩いただけ、「買物に不便している」というおばあちゃんたちに出会う。広告やメディアの露出をいくら増やしても、おばあちゃんたちにアクセスするのは、なかなかムズカシイ。結局、いちばん「手堅い方法」は、「歩き」なのである。
世の中がどんなにデジタル化しても、最後はやはりアナログな、ジミチな手段が最も効果的というのが、実にオモシロイ。ニンゲンの能力なんて、たいして変化していないのだ。

住友達也

No.2013-1-1

2013年 元旦

熟田津(にきたつ)に

船乗りせむと月待てば

潮もかなひぬ

今は漕ぎ出でな

船を用意し、出航の準備を進め、「その時」を待っていたら、月が出て、潮まで満ちてきた。
いよいよ、満を持しての船出である。
「万葉集」にある、額田王の歌だ。

この日記を書き始めたのは、2012年1月1日からだった。気がつけば、「ほぼ毎日」書き続けてきたことになる。「とくし丸」も約1年の営業をしてきたが、真の意味での「出航」は、「今年」なのかも知れない。
「月」も「潮」も、そろそろ「とくし丸」を応援するように、いろんな条件を整えてくれている。「アカジ」から「クロジ」へ。まだそんなレベルではあるけれど、今年、本当に「出航」できるのではないかと考えている。

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